2011年8月18日木曜日

里帰り1日目

母にプチ旅行に連れて行ってもらいました。
天草でイルカウォッチング!
野生のイルカがたくさんいました。
望遠レンズ使用していないのに、近くで撮れた。
すごくそばまで寄ってくるので、顔までしっかりと見ることができました。
かわいかった…*
















その後、とれたてピチピチのヤリイカのお刺身や、
天草大王という鶏のたたきや、お造り盛り合わせや、車海老の天丼や、荒炊きや、
おいしいものたくさん食べて、温泉に入って帰ってきました。

普段は山暮らしの実家な為、同じ県内でも海側に行くのは滅多にないのです。
小学生以来でした。
楽しかったー。

次回からは、山の写真、私の本当の地元の写真を載せます^^

2011年8月12日金曜日

夜がふけたら黒い犬とないしょの話

最近読んでいる『キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書)』が
分かり易くて非常におもしろい。
先日ちらりと書いた、「現代アートの楽しみ方を知った気がする」の話も含めてここに記載。

■まずは絵を「観る」ことの話

先日東京で行った名和さんの展示形態がとても印象的で、
一周目は何の資料も無い状態で作品を鑑賞させ、
一周目の終わりに各々の作品の概要を書いたリーフレットを配布、
それを読みながら、もう一周することでより深い作品への理解を促すというものでした。

一周目で自分が作品から受けた印象と、リーフレットの説明が似ていた時の喜びや、
二週目にリーフレットを見ることで、初めて作品を理解できたと実感したことを、鮮やかに記憶している。

この展示を見て、1年間自分がどれほど勉強させてもらえたのかを実感しました。

1年前の私のアートに対する考え方は、
「見て好きになった作品のみを楽しむもの」であって、
「作品を理解して楽しむもの」ではありませんでした。
見て分からない作品を好きになる、という感覚がなかった。

それをいうと、コンテンポラリーアートなんて、一目では分からない作品ばかりで、
時折その中に、好きな色合いや風合いのものがあり、
それだけをぼんやりと楽しむのが自分にとってのアート鑑賞でした。

それが昨年からの1年間、
主にtwitterでギャラリストやキュレーターの方々の発言を追い続け、
直接や配信動画でもお話を伺って、
自分がいかに何も考えず、何も学ばず、作品を鑑賞していたか実感した。
今まで行った展覧会で、いかにもったいないことをしていたか痛感した。
1年間かけて少しずつ。

最初に目が覚めたのは、
「作家の努力の結果の作品を、鑑賞者が何の努力も無しに見るのは間違っている」という言葉。
(本当はもっと明確な言葉で、あくまでニュアンスです…)
自分が見る側に立った時、いかに受け身で作品を見ていたか、この言葉でまず目が覚めた。

「キュレーションの時代」にも、その概念を分かり易く説明してある。
特に残ったのは、禅の教え「主客一体」のくだり。

以下引用(『キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書)』p.158)
「主客一体」という言葉があります。(略)
招く側(ホスト)と招かれる側(ゲスト)が協力し、
ともに一体となってつくりあげるものであるという意味です。
そこではホストとゲストの間に、その場で生み出される芸術に対する共鳴がなくてはならない。


村上隆さんが、hidari-zingaroの日本画ZERO展によせられた感想も印象的。

引用(原文はこちら:展覧会を観て 2011年5月3日:村上隆(5月4日加筆)
描く方にも問題があるけれども鑑賞者にも深みは無い。
もう少し芸術の楽しみ方、踏み込んでくれないかなぁと思いますよ。


1年前はよく分からなかった、この訴えかけをようやく理解できたと実感したのが、
この前の東京で行った、名和さんを始めとする幾つかの展示でした。

村上さんのおっしゃる「楽しみ方」自体にはまだまだ踏み込めてるとは思いません。
そうじゃなくて、それより前の段階、「自分には深みがない」ことにようやく気がつけたのです。
恥ずかしい話ですが。でも気がつけて嬉しかった。
見る目を肥やすために、たくさん勉強したいなと思いました。

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「観る話」だけで、長くなってしまった。
「描く話」も書きたかったのだけど、それは次回にまわします。

明日からお盆休みで里帰り!
真夏の草原を、水源を、天の川が分からなくなるくらい大量の星を満喫してきます。
カラシ蓮根と、馬刺と、おいしい地酒を買ってこよう〜
みんなの地元の特産品、名物ばかりを持ち寄って、「地元自慢食パーティ」を開きたい!
なかなかの名案だと思うのだけど。フフン!
名物に上手いもんなし、なんて言うけれど、それはきっと時代遅れ!
おいしいものたくさんあると思うんだ。食べたいなあ。おいしいお酒飲みたいなあ。

みなさん良い夏休みをお過ごしください。
帰ってきたら、地元の写真をアップします。

2011年8月8日月曜日

splash !





憧れていたビアガーデンに行きました^^
京都タワーが臨める(私にとっては)最高のロケーションで、明るいうちから生モルツ!
お祭りも行ったし、旅行も行ったし、素晴らしい夏です。

今週末は里帰り。地元の草原を拝んできます。
阿蘇山の草千里。菊池渓谷も楽しみだなあ。
写真、たくさん撮ってこよう!

そして今月末、台北に行くことになる、かも、しれません!
行きたい!
目的はアート台北です。
すっごく行きたい!
行けるかな!
行けたらいいな!
すっごくすっごくすっごく、行きたい!

最近、グーグルストリートビューで旅する遊びを教えてもらい、色んな場所を旅しています。
(グーグルストリートビュー旅行で)フィレンツェに行ったときは、
ああ、私、いつかここ行くんやろうなあって思った。
パリに行った直後に、リオデジャネイロに行くおもしろさ。
次はどこに行こうかな。
おすすめです。

一日ってどうしてこんなに短いんだろう、と最近思っています。
9時から21時頃まで働いて、家に帰るのが23時。
読みたい本もたくさんあるし、絵も集中して描きたいし、
それに毎日語学の勉強をしたいんだ。
少し知識を入れてみると、自分の無知さを知るのです。
勉強したい。もっともっと、たくさんのことを知りたい。語彙を増やしたい。
時間を大切にするって、今まであんまりしてなかったな…

限られている20代の時間を、今の、将来の自分の為に、存分に使いたいんだ。
最近の私は、なぜか無限の可能性を自分に感じていて、
驕りかもしれないけど、これはとても喜ばしいこと。
この1年間、特に前半は苦しいことが多かったけれど、
それを経たからこそ、自分が、人生が変化している気がする。

人が変わるには、
・時間配分を変える
・住む場所を変える
・つきあう人を変える、
だったかな。
友達に教えてもらいました。
この言葉の正しさを、実感している毎日です。
このチャンスを逃す訳にはいかないんだ。

2011年8月1日月曜日

1週間で近づいて2日間で遠ざかる

東京に行ってきました。まちこ(twitter:@ma_chi_co)と一緒に。


行ったのは、
名和晃平さんの個展
・新宿BEAMSでの名和さんの展示
ヤノベケンジさん個展と同ビル内のギャラリー数カ所
・植田正治さんの展示
・森美術館でフレンチ・ウィンドウ
アートフェア東京
アートアワード丸の内2011

予定より多くのギャラリーをめぐれて、友人にも会えて、
新しく友人を紹介してもらえて、おいしいごはんをたくさん食べて、
やたらとリッチなホテルで贅沢な時間を過ごして、
そして何よりすてきな作品をたくさん見ることができて大満足な2日間でした。

その中でも特に印象的だったのは、名和さんの個展。
名和さんの作品は、最も有名な鹿の作品くらいしか知らず前知識ゼロの状態で行きました。
初めて名和さんの作品を見たら感動するよと聞いて、わくわくしていたのですが本当に感動した。

一番はじめの部屋のPrismというシリーズと
最後のほうのPixCellというシリーズが大好きでした。

特に後者のものは、このままずっとこの部屋でぼんやり座っていたいと思った。
あたまの奥のほうが痺れていく感覚。広い面にひたすら絵の具を塗っていくときと似ている。
なんだか宗教的だ。
これだけいうと、大変な誤解を招きそうなのでもう少し噛み砕く。

暗闇の中、円になって座って焚き火の火を見続け同じ言葉を延々と言い続けていると、
A10神経が神経伝達物質を分泌して、脳が興奮状態になり、
神が見えたり、神の声が聞こえたりしているように感じるものらしい。
それが宗教やら祈祷やらの始まりだと聞いたことがある。

アートってそんな感じ。
つまり見ていると、もしくは作っていると、
A10神経からエンドルフィンやらドーパミンが分泌されて、“あたまの奥が痺れていく感覚”になる。
これは人によって感じ方が違うのかもしれないけれど、
アートに関して私の場合は、興奮すればするほど、静かにひんやりとした感覚を味わう。
静かな興奮、という言葉が一番しっくりくる。
(A10神経等の話は私のへたくそな説明より、このサイトが分かり易かったです)

名和さんの展示はそんな感覚に陥る展示でした。あたまがジンジンした。

最近、絵を描く行為を本能的に求めている気がして、
でも制作するって生きることに直接必要がない行為なのになんでかなあと思っていました。
もしかしたら神経から制作に依存してしまってるのかもしれない。

ミュージシャンが麻薬を使用することが多い、という話を大学時代聞くことが多かったのですが、
それは、最高の演奏をしている時の脳の興奮状態を、麻薬では簡単に得られるからではないかと感じた。
私は嫌だ、そんなこと。
最高の制作には、それ相応の努力や苦しみや、もがいた軌跡がある気がするんだ。
制作物からそれを読み取ることができなくたって、表現したいものがあるから表現すると思うんだ。
表現したいものを具現化するまでは、それがどんな形を、質感を、色をしているのか、自分の中で咀嚼しなくちゃいけない。
その課程には、楽しさだってあるけれど、苦しさだってあると思うんだ。
その経緯をすっ飛ばして、結果の興奮だけ求めたって、残るは空しさばかりだと思ってしまうんだ。
こんなことを言うと、また私は頭が堅いと言われてしまうのかな。
積み重なるコンプレックスやジレンマをどう制作に活かしていけばいいんだろう。

神経伝達物質に依存した制作ってどうなんだ。
興奮状態になりたいから、創るってどうなんだろう。
それは本当にいいものを創ることができるのかな。
依存という言葉のマイナスイメージに捕われているだけだろうか。
むむむむむ
ここ数ヶ月、制作は不調続きでなんだか情けない。
でもやっぱり描きたいんだ。最高の興奮を得たいんだ。

なんだか話が大幅にずれました。
名和さんの個展、本当におすすめです。ぜひぜひ。
フレンチ・ウィンドウもよかった。説明が分かり易い。
無料で音声ガイドの貸出をされているので、聞きながらの鑑賞をおすすめします。

現代アートの楽しみ方を今回実感した旅でした。
ああ、その話も書きたかったのだけど。むしろそっちがメインのつもりだったのだけど。
今回は作品の感想まで。次回書きます。

この感動を“君”に伝えられたらいいなあ と思った。
私の世界はそれが全てかもしれなくて、そんなちっぽけな自分は嫌だとも思っているんだよ。
でもきっと、その世界がないと、どんな広い世界に行ったってつまらなく感じてしまうだろうね。
このジレンマを、孤独を、愛を描けたらいいと思う。

2011年7月11日月曜日

モス



最近はよく友人と会っていて、楽しく過ごしています。
おいしいごはんを食べて、おいしいお酒を飲んでいます。
仕事の話やアートの話、刺激的な話をできる友人がいるのは嬉しいです。

昨日は苔寺に行ってきました。
ずっと行きたかった苔寺。日差しの強い暑い日でした。
庭園は想像より遥かに広くて緑がとても美しかった。感動しました。
京都に住んで6年目ですが、右京区に行ったことがほとんどない。
これからは嵐山もめぐってみたいです。

















7月末にアートフェア東京に行けたらいいなと思っています。
行くとしたら1月以来、久々の東京。
アートに関わるイベントをもっとめぐりたいな。
アート台北のような、海外のアートイベントに行ってみたい。
また、現代アートのビジネス書を数冊おすすめしてもらったので、早く読みたいです。
特に「キュレーションの時代」はずっと気になってる。
小説や新書の交換を友達と出来るのはとても嬉しい。
読書友達を増やしたいな。

徐々に価値観が変わってきた。
凝り固まった私の考え方はなかなか渋といけれど、
自分が求めることに変化が生じてきました。
そうすると、自分の行動や求める対象にも変化が現れる。
自分の世界を広げていきたいです。
知識だけでなく、それに伴う経験を増やしたい。
あの店はおいしいらしい、ではなく、あの店はおいしいと言いたい。一例ですが。

周りの人がぐいぐい進んでいるので、とても勉強になります。
自分のペースで、っていうのは簡単だから、
自分のペースをもっと早める努力をしたい。

今日の京都も夏の空気が気持ちいいです。空が近い。
溶けていくのを感じるのが幸せです。