2012年3月12日月曜日

3.11に三十三間堂に行って


昨日は家から徒歩20分くらいのところにある、三十三間堂に行きました。

三十三間堂は後白河上皇の離宮として1165年に建立されたものらしいです。
観光の人が多かったのですが、NHKドラマの影響かもしれません。
昨日は気持ちのいい晴れた日だったので、ふと思い立って行ってみました。

感想は、すごく良かったです。
3.11に行けたことが、尚更良かった。

画像は公式サイトより転載

1001体(修復中のものもあったので厳密には1000弱)あるらしい千手観音像は圧巻だった。
想像よりずっと数が多くて奥が見えない。
ずらりと並ぶ千手観音像を見ながら、今ドバイで個展をされている村上隆さんの五百羅漢図を思い出した。
村上さんがされたかったことはきっとこういうことではないか、と思った。

以前ニコ生で放送されていた、村上さん、東さん、岩渕さんの対談で、
「文化は緊急事態にこそ必要なもの」とあり、それに驚いたと感想を書いたけど、
並ぶ千手観音像を見て、その意味をようやく実感した。


奇しくも三十三間堂も、1249年の火災や1830年の京都大震災などに見舞われながら、何度も修復された建物らしいです。(参照:wikipediaや堂内の案内板)
1001体ある仏像はほとんど焼けてしまったけれど、平安時代の建立当時のものは124躯残っているそう。

昔の生活は、今よりずっと天災に左右されるものだっただろうし、
自然の威力も今よりずっと身近に感じるものだったに違いない。
その中で、人が人の気持ちを救うには、宗教や芸術が不可欠だったのだと思う。
これこそが村上さんの言う「緊急事態にこそ芸術が必要とされる」ことだと思った。

そして、千手観音像が並ぶのを見て気がついたこと。
今回の震災のように大きな自然を前にすると、人間はいかに自分たちがちっぽけか実感する。
「自分は何もできない」と嘆いた人が今回どれだけたくさんいたんだろう。
震災をはじめ、自然の大きな力に打ちのめされた人を救うには、
それだけ大きなもの、圧倒されるものを作らなくてはいけないんだ。
1001体という数や、三十三間堂の長い堂内、中心にある大きな座像。
本当にすごい力を感じて、ここまでして初めて多くの人を救えるのかと思った。
村上さんが100mの絵画を描かれたことも、今回の震災を経て、必要とされる作品の力量を考えられた結論なんだと思う。
もしかすると、もっと大きいものを制作されたかったのかもしれない。
東さんが五百羅漢図に対して「宗教画のよう」とおっしゃってたのも本当にその通りだと思った。

並ぶ千手観音像を見て、座像の前で祈る人を見て、
人が人を祈らせるもってすごいことだとなんだか泣きそうになりました。
村上さんがおっしゃってた「芸術家は人に非ずの意識を持たなくてはいけない」が、
どれほど重い意味を持つ言葉かようやく気がつけたように思う。

1年後の昨日、3.11に行けて本当によかった。
人間って素晴らしいなと思った。


そして少し話しはずれるけど、もう一つすごいと思ったこと。
実は、三十三間堂の感想で「村上さんがされたかったことはこういうことかと思った」というのは、
私のオリジナルな感想ではないのです。
でもそれは最近の話ではなく、一年前、震災が起こる前にある人がおっしゃってたこと。
当時私にはさっぱり理解が出来ていなかったけど、その言葉が忘れられずにいて、
震災を経て、村上さんの五百羅漢図を知って、一年越しに行った三十三間堂でやっと分かった。
今でこそ私も実感を伴って言えるけど、震災前にそれに気付いていたってすごいなと、ぐるぐる回る頭の中で感じました。


震災から一年経って、まだ不安がたくさんある時だからこそ、
みんなが本当に良い芸術作品に触れてみればいいと思う。
昔から震災大国の日本には、その不安を包みこむ作品があるんじゃないかと思います。

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