2017年9月11日月曜日
夜に向かって歩く
30歳になった今、ここまで将来がまるで見えない状況に陥るとは思わなかったし、明日の予測もたてられない現状を、せっかちな自分が我慢していることに驚く。
明日が見えないというのは、絶望的な気持ちのなかで毎日を生きる気持ちだけど、振り返ると案外美しい日々が散らばっていたりして、なんだか不思議な気持ちになる。
日々闇雲で、なんてしんどい年なんだと思いながらも、今年一年の幸せな記憶はたくさん残っている。
昨日と今日しか明確なものがないけど、一方で、過ぎたことは不変となるので、昨日にまで絶望しない様に、目の前のことに誠実に向かいあうしかないとひしひしと思います。
とりあえず、明日の仕事をがんばろう。
今年読んだ本でよかったのは、ジュンパ・ラヒリの「停電の夜に」。
ちょうど同時期に森美術館で開催されていた「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅 」と相まって、今年はインドに行きたい欲が高まった。
最近では、ケン・リュウの「紙の動物園」も素晴らしくよかった。
全て、移民であるとか、マイノリティー文化をマジョリティ文化の文脈に上手くのせているものばかりで、それでも皮肉的ではなく、愛おしい生活が描かれている。
この3つの作品群に出会えて今年は本当によかった。やはり文学も含めて芸術は人を救うものだと、今年は体感した。
私を私から遠ざけるものが、自分の生きている世界から遠ざけるものが、個人としても、社会としても必要なのだと思う。
2014年5月19日月曜日
アクト・オブ・キリング
先日、映画「アクト・オブ・キリング」を見てきました。
1960年代にインドネシアで繰り広げら
見終わった後もなかなか席を立てなかった。
1000人以上も殺したと言う殺人者たちが目の前のスクリーンに映っていること、
自分たちがした殺人の話をさも当然のように話していること、
そして、映画が進むにつれて、彼らが人を殺してきた過去をもう一度考えていく姿、
この映画によって、今後の人生が変わる人がどれだけいるんだろうと思った。
私はこの映画を一生忘れることはないと思う。
2014年5月9日金曜日
なぞなぞ
出ていたことを知らなかった、シリーズ3作目の「スペース
」も読みました。
1作目の「ななつのこ」が一番好きです。
ある絵本を愛読する短大文学科の女の子が、日常の謎をファンレターに書いて作者に送ったところ、まさかの解答付きで返事が届く連作短編集。
今読んでもいい作りだなと思います。ささやかな蛇足や比喩表現、作者の視点がとても好きです。
しかし謎というものは、私の日常からはすり抜けていってしまうようです。
「いつだって どこでだって 謎はすぐ近くにあったのです。」
という「ななつのこ」の帯コピーはとても素敵で印象的です。
小さい頃は歩く道々謎だらけだったものでした。
世界を「見慣れた」と思うのは傲慢かもしれません。
最近他に読み終わったのは、
村上春樹の新刊短編集「女のいない男たち
」
野崎まど「[映]アムリタ
」
三浦しをんの「きみはポラリス
」
などです。
村上春樹の新刊は読書会に参加したのですが、なかなかの批判されっぷりでした。
私はビートルズのイエスタディに関西弁の適当和訳をつける男の話、「イエスタディ」が一番好きです。
読み散らかしている本には、
「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ
」(おもしろい!)や
などなどあります。
小説は一気読みできるのですが、それ以外はついつい読了前につまみぐいをしてしまっています。
とはいえなかなか本を読む間もないゴールデンウィークでした。
写真を撮って、人と話して、鴨川を横断して、猫を触って、本を買いこんで、
おいしいものをたくさん食べました。
カテゴリー:
book,
diary,
illustration
2014年4月25日金曜日
熟すということ
あっという間に4月が終わりそうです。
大きな仕事が一区切りして、ほっとしているところです。
毎年忙しい季節ですが今年は桜をたくさん見ることができました。
ここ最近たくさんの嬉しい出来事がありましたが、ひとつに文楽を観に行けたことがあります。
大学の授業で映像を見てから興味を抱きつつも行けていなかったのですが、
3月末に現代芸術家の杉本博史さんが監修された杉本文楽を見てすっかり虜になりました。
歌舞伎にはそこまで惹かれないので、人形が可愛らしかったことが理由の一つかと思います。
そして想像以上に太夫さんの語りが分かり易い。特に台詞に関しては現代語のようで聞き取りやすいです。
更に意外と笑ってしまうシーンが多くて、それも案外悲壮なシーンの中で笑いを挟んでくるので、退屈になりません。
(先日文楽劇場に観に行った「菅原伝授手習鏡」では、娘が殺されているのを発見して母親が泣いているシーンがあり太夫さんの語りも悲しげなのに、横でおっさんの人形が裸で激しく身体を拭いていて、どこからつっこんだらいいのか分からなかった)
文楽にすっかりはまってしまった最近ですが、会ったことも無い曾祖父の唯一の趣味が「文楽を観に行って帰りに鰻を食べる」ことだったと知りました。
もし話ができたなら、お勧めを教えてもらえたのかもしれません。
曾祖父が見ていた技芸員さんはもう舞台上にはいはらないのでしょうが、演目は同じものを見ることもあるのでしょう。
なんだかふしぎな気持ちです。
文楽を見ていると、30代くらいの年代でも随分若い技芸員の方という印象を受けます。
実際の技術的にも素人でも分かる程、ベテランの方と大きな差がありました。
働き出して5年目の私も、社会人年齢で考えたら、まだまだまだまだ未熟者です。
3年くらいしてから、周囲では転職する人、独立する人が増えてきましたが、まだまだそんな自信も力も身についている気がしません。
最近、社会人の人生を大学の学年に例えたら、今はまだ1回生くらいだなと思いました。
私は小中高でも大学でも1年生より上級生になるにつれて楽しくなっていったタイプです。
時間はかかる方だけど、ずっと生きる力を身につけていきたい、熟していきたいと文楽を見てて思いました。
教えてもらって読んだ三浦しをんのエッセイ、「あやつられ文楽鑑賞」と小説「仏果を得ず」はどちらも大変おもしろかったので、文楽鑑賞前の入門書におすすめです。
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明日は今年に入って初めて?くらいの、何も予定のないひとりの休日です。
本を読んで映画を見て絵を描いて掃除と洗濯をして長風呂をしたい。
2014年3月17日月曜日
電車にのって
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大阪の交通科学博物館が閉館するとのことで行ってきました。
電車や飛行機、車の模型はもちろん、昔の車の広告や、電車のヘッドマークの展示など、想像以上に濃密で楽しかったです。
2年後に京都に移転とのことでなくなるわけではないようでした。
古い切符や昔の電車のセットを眺めながら、皆どこに旅だって、どこに帰っていったのかなあと想像しました。
私は電車自体にそれほど興味を抱かなかったですが、
旅をする人やその気持ち、また、電車を作る人たちのことを考えることができた場所でした。
旅をすることは今まで自分にとって大きなテーマのひとつでしたが、
最近、本や映画といったコンテンツに浸かることもまるで旅のようだと思うようになりました。
そのコンテンツについて、誰かと話している時間はまるで共に旅にでているような、そんな気持ちです。
最近はそんな旅で随分あちこちに出かけています。
2014年3月11日火曜日
3年
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| 09 |
3年前の様々なことは、もう3年であったり、まだ3年であったり、
時間感覚がのんびりしているけれど、311だけはもう3年も経ったのか、と思う。
ちょっぴりの募金しか実際の関わりは持っていないけれど、
あれから出会った人や本や作品や情報に、311は前提として必ず入ってくるものだから、この3年間地盤のひとつとしてあり続けた。
それでも今日になってあの時のこと、あの時のtwitter、あの時のテレビを思い出したら、少し唇が震えます。被災地の人が少しでも早く安心して暮らせるようになればと思います。
3年前のあの時期は、自分の気持ちが竜巻のように混乱していた時期で、数ヶ月毎日のようにべそをかいてた。
あの時から3年経って、一緒にいる人たちや、住む家は変わって、職場は変わっていない。
毎日泣いてはいないし、むしろ笑うことが増えた。
3年間で大きく変わったことも、何も変わっていないこともあるけれど、
自分のできることをして、自分も自分の好きな人たちも大切に過ごしてしていきたいです。
自分のできることをして、自分も自分の好きな人たちも大切に過ごしてしていきたいです。
2014年3月10日月曜日
藍の名残をまとう
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| 6「亀は万年」の万年って何年だろうって話をしたなあという落書き |
窓から差し込む光がなんとなく柔らかくなってきて、春が近付いたのを感じています。
今年の冬は一度だけ風邪をひいたけれど、昨年よりは寒くも、淋しくもなかった。
2月は、最初に東京に行き、ミヒャエル・ボレマンス、O JUN、大槻香奈さんの展示を三本立てでダッシュで見て回りました。
どれも今年ナンバーワンになりそうな程素晴らしい展示で、行けて本当に良かった。
未だにどこに貼ろうか悩んでいる。
(元々好きだったけど)すっかりボレマンスに魅了され、建仁寺で開催されたボレマンスの企画展も見に行きました。
茶室に展示されるボレマンスの墨絵ももちろん良かったですが、
雪が散らつく建仁寺のお庭や、生けられたお花が素晴らしかったです。
絵に負けないというか、絵より静かで更に強い。
それ以外では、京都の芸大(京芸、精華、京造)の卒業制作展に行ったり、
「ヨハネスブルグの天使たち」という小説の読書会におじゃましたり、
徹夜明けで仕事してそのまま節分パーティに参加したり、
杉本博史さんと浅田彰さんの対談を聞きに行ったり、
杉本博史さんと浅田彰さんの対談を聞きに行ったり、
思想家の東浩樹さんが京都で研究会にいらしてたのでそれにちょっとだけ参加したり、
大学同期の結婚パーティに行ったり、
東浩樹さんの「セカイからもっと近くに」の読書会に参加したりしていました。
「ヨハネスブルグの天使たち」は、全体的にはそれほど好みの小説ではなかったけれど、
日本製女性型アンドロイドが毎日大量に空から落下し回収されるシーンがとにかく美しくて素敵でした。
東浩樹さんの「セカイからもっと近くに」の読書会に参加したりしていました。
「ヨハネスブルグの天使たち」は、全体的にはそれほど好みの小説ではなかったけれど、
日本製女性型アンドロイドが毎日大量に空から落下し回収されるシーンがとにかく美しくて素敵でした。
そのシーンだけでも読めて良かったです。
今月末は、杉本博史さんが手掛ける文楽、「曾根崎心中」を見に行きます。
現代芸術家の束芋さんの映像作品も絡んでくるようです。
残念ながらそれまでに、文楽劇場で行われている元々の文楽公演を観に行くことは
できませんでしたが、ずっと観に行きたかった文楽、とてもとても楽しみです。
今月末は、杉本博史さんが手掛ける文楽、「曾根崎心中」を見に行きます。
現代芸術家の束芋さんの映像作品も絡んでくるようです。
残念ながらそれまでに、文楽劇場で行われている元々の文楽公演を観に行くことは
できませんでしたが、ずっと観に行きたかった文楽、とてもとても楽しみです。
昨日は、夜の公園で久々にブランコを漕ぎました。
のけぞって、上を見上げたら少しだけ桜が咲いていた。
暗闇でも桜の白は浮き上がるのはなんででしょう。
毎年桜を見ているけど、今年の桜はいつもよりずっとずっと楽しみです。2013年9月30日月曜日
「ウェブ社会のゆくえ」読書会のはなし
しばらく 空いてしまいました。
告知・ご連絡もありますが、まずは備忘録もかねて日記から。
今週末は密度の濃い、充実した時間を過ごしました。
土曜日は、関西クラスタ・GACCOH・文化系トークラジオ Life 共催の
鈴木謙介さん(以下チャーリー)の新刊「ウェブ社会のゆくえ」の読書会に行ってきました。
>amazon記載の内容紹介
会議中やデート中、目の前の相手がSNSを見始めたら?
スマートフォンが飛躍的に普及した今日、ウェブの情報空間がリアル空間と結びつく
「多孔化」は、私たちの生きる現実を大きく変容させ、社会のつながりを揺るがしつつある。
いま、最も注目される社会学者が、「ソーシャルメディア疲れ」する若者の自己の有り様から、
震災以後の日本社会の共同性の危機まで、多孔化した現実のゆくえを探る、待望の書き下ろし!
--------------------------------------------
●本を読んだ時点での感想
この本の最後に20年後の子供たちが成人した頃の社会に向けて、と書かれていたけど、
きっとその頃の親の世代が今の私たちの世代だろうと思う。
対面している時にスマホを使用する世代の私たちが結婚して、家庭を作った時、
家にいる時間にスマホを使わない、SNSを使用しないということはありえないと思う。
今はまだ、「子供はスマホを使うけど、親世代は使わない」ケースも多いだろうけど、
20年後は「親も子供もSNSに常にアクセスしている」ようになるかもしれない。
例えば今まで家庭内にあった団欒の時間は、各々がスマホないし情報端末を使用している時間になるのだろうか。
それでいて、instagramやそれに瑞するもの、ブログ等に子どもの写真や家族の写真を
アップするのではないかと思う。
家族=プライベートではなく、外に向けて見せるものの一面も含むようになる。
そこで発信される写真は、他者から見て羨ましがられる家族の姿を演出するだろうけど、
そこで出来上がる「理想の家族の形」が、「仲良し」「コミュニケーションがとれている」の場合、
現実と理想の差がますます拡がっていくのかな、と思った。
私自身は、恋人が携帯ばっかり触っていても特に不満を感じないけど、
今後築く家庭に会話がなく、全員携帯を触っている状況はさみしいなと思う。
自分が築きたい理想の家族像とは、家族が揃って話しながら食事をとることで、
きっとそれを叶えるには、既存の家庭のイメージに縛られず
新たにルールを考えていく必要があるように思う。
そのルール作りってどうしたらいいんだろう、と心配になった。
●読書会後の感想
読書会のトークタイムで、まさにその話がでたのが嬉しかった。
チャーリーの回答はいくつかあったけど、「各家庭で考えること」が前提だった。
これはその通りだと思う。
新しい家族の定義やルールは外側が定めることはできない。
人間関係は当事者が構築していく他はない。
ただ、今後の家庭の形は、よほど禁圧する型の家庭を除き、多くの家庭が多孔化していくだろうし、
そうなった時に全ての家庭がその場で考えること、対策を講じることは難しいかもしれない。
多くの問題が起こってから考えることは不安だし、
問題が解決できない事態にまで至ってしまうケースもあると思う。
家庭でのみ考えていくのは自分の能力に不安があるので、
今後の家庭の形の予想(女性の勤務体系も含めて)や、そこでの子供との向き合い方、
多孔化する中で心地よい家庭の作り方の考察を読む機会に今後恵まれれば嬉しい。
二次会の場で話していた時に、親が子供の話を聞かなくなることで
アダルトチルドレンのような子供が増えるんじゃないかという意見もあって、
なるほどなと思った。
親が自分に構わず携帯ばかり触っている姿を見て、インターネットが嫌いになる、
アンチネット世代が出てきてもおかしくない。
電車の中でも、子どもが話しかけているのに、
子どもの方を見ず携帯ばかり触っている親を見る事が多々ある。
インテリア雑誌の中の理想的住居の写真に、情報端末が一切出てこないという話は、
まさに現代のジレンマが表れていてとてもおもしろかった。
今後インテリア雑誌を見る時意識しておこう。
--------------------------------------------
そして読書会のこの日は、関西クラスタの方々に久々にお会いできてとても嬉しかった。
いつになく大規模なイベント(100人弱→100人超えてたらしい)で、関西クラスタが結成してから今まで、
たくさんの人を引っ張って、繋げてきた結果だと思う。
チャーリーの最後の挨拶、今がすべてではなく、時間をかけることが希望の種というのは、本当に素敵な言葉だった。
きっと関西クラスタも、ここに、そしてこれから先につなげる為に
たくさんの人が種の世話をしてきた結果なんだろうな。
様々な大学の社会学者の方々や、熱心に勉強されてる方の話を聞ける環境を
作ってもらえるのはとても勉強になってありがたいことだと思う。
そんな感謝もあり、学びの興奮もありの素敵な土曜日でした。
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今週末は密度の濃い、充実した時間を過ごしました。
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「多孔化」は、私たちの生きる現実を大きく変容させ、社会のつながりを揺るがしつつある。
いま、最も注目される社会学者が、「ソーシャルメディア疲れ」する若者の自己の有り様から、
震災以後の日本社会の共同性の危機まで、多孔化した現実のゆくえを探る、待望の書き下ろし!
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●本を読んだ時点での感想
この本の最後に20年後の子供たちが成人した頃の社会に向けて、と書かれていたけど、
きっとその頃の親の世代が今の私たちの世代だろうと思う。
対面している時にスマホを使用する世代の私たちが結婚して、家庭を作った時、
家にいる時間にスマホを使わない、SNSを使用しないということはありえないと思う。
今はまだ、「子供はスマホを使うけど、親世代は使わない」ケースも多いだろうけど、
20年後は「親も子供もSNSに常にアクセスしている」ようになるかもしれない。
例えば今まで家庭内にあった団欒の時間は、各々がスマホないし情報端末を使用している時間になるのだろうか。
それでいて、instagramやそれに瑞するもの、ブログ等に子どもの写真や家族の写真を
アップするのではないかと思う。
家族=プライベートではなく、外に向けて見せるものの一面も含むようになる。
そこで発信される写真は、他者から見て羨ましがられる家族の姿を演出するだろうけど、
そこで出来上がる「理想の家族の形」が、「仲良し」「コミュニケーションがとれている」の場合、
現実と理想の差がますます拡がっていくのかな、と思った。
私自身は、恋人が携帯ばっかり触っていても特に不満を感じないけど、
今後築く家庭に会話がなく、全員携帯を触っている状況はさみしいなと思う。
自分が築きたい理想の家族像とは、家族が揃って話しながら食事をとることで、
きっとそれを叶えるには、既存の家庭のイメージに縛られず
新たにルールを考えていく必要があるように思う。
そのルール作りってどうしたらいいんだろう、と心配になった。
●読書会後の感想
読書会のトークタイムで、まさにその話がでたのが嬉しかった。
チャーリーの回答はいくつかあったけど、「各家庭で考えること」が前提だった。
これはその通りだと思う。
新しい家族の定義やルールは外側が定めることはできない。
人間関係は当事者が構築していく他はない。
ただ、今後の家庭の形は、よほど禁圧する型の家庭を除き、多くの家庭が多孔化していくだろうし、
そうなった時に全ての家庭がその場で考えること、対策を講じることは難しいかもしれない。
多くの問題が起こってから考えることは不安だし、
問題が解決できない事態にまで至ってしまうケースもあると思う。
家庭でのみ考えていくのは自分の能力に不安があるので、
今後の家庭の形の予想(女性の勤務体系も含めて)や、そこでの子供との向き合い方、
多孔化する中で心地よい家庭の作り方の考察を読む機会に今後恵まれれば嬉しい。
二次会の場で話していた時に、親が子供の話を聞かなくなることで
アダルトチルドレンのような子供が増えるんじゃないかという意見もあって、
なるほどなと思った。
親が自分に構わず携帯ばかり触っている姿を見て、インターネットが嫌いになる、
アンチネット世代が出てきてもおかしくない。
電車の中でも、子どもが話しかけているのに、
子どもの方を見ず携帯ばかり触っている親を見る事が多々ある。
インテリア雑誌の中の理想的住居の写真に、情報端末が一切出てこないという話は、
まさに現代のジレンマが表れていてとてもおもしろかった。
今後インテリア雑誌を見る時意識しておこう。
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そして読書会のこの日は、関西クラスタの方々に久々にお会いできてとても嬉しかった。
いつになく大規模なイベント(
たくさんの人を引っ張って、繋げてきた結果だと思う。
チャーリーの最後の挨拶、今がすべてではなく、時間をかけることが希望の種というのは、本当に素敵な言葉だった。
きっと関西クラスタも、ここに、そしてこれから先につなげる為に
たくさんの人が種の世話をしてきた結果なんだろうな。
様々な大学の社会学者の方々や、熱心に勉強されてる方の話を聞ける環境を
作ってもらえるのはとても勉強になってありがたいことだと思う。
そんな感謝もあり、学びの興奮もありの素敵な土曜日でした。
2013年6月22日土曜日
25歳のおそらく最後に
6月の北海道!いい天気にも恵まれ、最初から最後まで本当に楽しくて、最高の旅行でした。
12〜5月まで特に忙しい時期だったけど、仕事頑張ってよかったなあとじんわり思いました。
この旅行を区切りにして、次のステップに向かいたい。
一時頑張った記憶にいつまでもすがりついてる訳にはいかない。
昨日から、これに通い始めました。
神戸のKIITOで開催されている、「+クリエイティブゼミvol.5「デザイナーの次のかたち」」。
デザイナーとして仕事をさせていただいて4年目に入りましたが、今まで一度もデザインを学んだ事がなく、他の人がどのように仕事をしているのか、
アウトプットまでのプロセスを全く知らないので、
いろんな人と知り合えて、意見交換できれば嬉しいなと思ってます。
普段はどうしてもクローズドな世界になってしまうので、仕事に繋がる世界を拡げられるのはとても嬉しい。
デッサンをまともにした事がないコンプレックスも未だにあるけど、
それも今後自分でなんとか切り開く機会を見つけていきたい。
昨日の講義は初回だったので、自己紹介含むオリエンテーションでしたが、
早速勉強になることが多々あって、10回受ける頃には、その気付きを習慣的に身に付けられたらいいなと思います。
私は今後の「デザイナー」の役割は、手を動かすより、
頭で考える部分に重きを置かれるのではないかと感じていて、
とはいえ、どう思考を進めるのか、自分なりの道がまだ見つかっていません。
昨日の講義は、考え方の道筋の探り方のヒントになる気がしました。
思考する際の自分の型を見つけたい。(もうそんなことを言ってる年ではない気もするけど。)
今のところ思うのは、構造的な思考とは、連想ゲームから生まれるということ。
どれだけ連想できるか、その連想をひとつの軸に落とし込めるか。
思考の総量が良いデザインかどうかを決める、とは4年間で身にしみて学んできたけど、
それをすべての仕事で生かせてると自信を持って言えるような仕事をしたいです。
昨日新しく学んだ事は、
「違和感を生み出す」から、更に発展させて、
「違和感がエンドユーザーに何をもたらすかを考えること」でした。
10回目には、考え方だけでなく、アウトプットの結果が変わったらいいな!
そうでなかったら意味ないもんな!頑張ります。楽しみです。
あと4日でまたひとつ年をとります。
2013年5月22日水曜日
南の島で考えた
私のしたいことって何かなあと考えていたら、メディアを作ることかもしれないと思った。
思い返すと小学生の時には「あおば新聞」だかなんだか作って、
職員室で刷らせてもらい、友達に配布したこともあった。
今考えると少し恥ずかしいけど、あの時の内容って何を載せていたんだろう。
それ以外にも、友達と漫画を描いて刷って本の形にしてみたり、
メディアを作る機会は多かったように思う。
今私がしていることで、1番の理想形は「ちりめん日記」だ。
ちりめん日記のイラストは作品ではなくメディアという認識を持ってる。
本当はもっと頻繁に更新するのがいいのだけど、なかなかできてないのが悔しいところ。
自分が作り馴染んでいるものは、作品よりメディアに近い気がする。
作品を作る喜びはここ数年で知ったので、今後も大切にしていきたいけど、
メディアを作ることもしてみたいな。
なるべく規模の小さい、個人的なコンテンツがいい。ブログに毛が生えたような。
イラストと写真と文章で、暇つぶしになるようなもの。
そう考えるとやはり今作っているものの中では「ちりめん日記」が1番近い。
今年中にちりめん日記をzineにして、紙に落としこんでみたい。
写真は先週末、従姉妹の結婚式に呼んでもらって行った沖縄です。
沖縄はごはんとビールがおいしくて、水の色がきれいないい場所でした。
現地の人の言葉はよくわからなくて、市場の様子は、台湾そっくりだった。
日本語が通じる台湾に遊びに行った気分。
夏のような弛緩した空気はとってもハッピーだった。
だけど、「ウチナー」ならではの、時間の流れが遅く感じるハッピーな空間の中に、
全く空気の異なる米軍基地が唐突に現れる町並みは妙に恐ろしかった。
沖縄の人の緩やかな態度は、日本のどこより平和な空気を感じさせるのに、
道路沿いにある米軍基地を通る度に妙に暗い気持ちになる。
この中に武器がたくさんあるんだろうな、と思いながら横を通った。
沖縄に行ったのは、中学生の時の修学旅行以来だったけど、
当時と全然違うことを感じる旅だった。
でもどこか悲しくて寂しいのは、同じだった。
旅の間は感情に敏感になる。どんな旅もちょっと寂しい。
そしてつくづく思うのは、旅はお酒が飲めるようになってから行った方がずっと楽しい。
来月は北にいくよ。
2013年4月23日火曜日
明るいほうへ
山の天辺はとうに超えて、ゆるやかに下降している。
下り坂だからと気を抜くと膝を故障するので丁寧に下らないといけないけれど、
もう少ししたら平らな道に辿り着く。
山を降りたらどこに行こうか。
どこに向かって歩こうか。
直に仕事以外何も手をつけられなかった日々を終えて、穏やかな日常がやってきます。
その時に一体何をしようかと考える余裕が出てきました。
欲ならたくさんある。
まずはひたすら寝てみたい。本を読みたい。掃除をしたい。泳ぎに行きたい。旅行をしたい。友だちとごはんを食べたい。
でもそれだけだと時間はあっという間に過ぎ去っていく。
本当にあっという間に1年は終わる。
私は今日、何をしたのか。
私は昨日、何を得たのか。
最近一番楽しかったことは何か。
今、一番好きなことは何か。
一年前と変わったのは一体どこか。
答えに窮する日常から抜け出したい。
かと言って自分にとってためになるか、ならないかのみの選択で行動するのは息が詰まるので、
楽しいか、楽しくないかの選択も加えようと思います。
楽しいことにもっと貪欲になりたい。
いいことはすぐに忘れるのに、悪いことは覚えているのは何故だろう。
好きって言われても中々信じないのに、嫌いって言われたらすぐに信じ込むのは何故だろう。
自分にとっていいこと、嬉しいこと、楽しいことを蓄積していきたい。
山を下ったら、明るいほうへ 明るいほうへ。
2013年2月5日火曜日
氷の女王に学ぶ
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ずっと気になっていた、「ファッションが教えてくれること」というドキュメンタリー映画を見ました。
「プラダを着た悪魔」の恐い編集長のモデルになっている、
アメリカ版VOGUEの編集長、アナ・ウィンターのドキュメンタリー映画です。
「プラダを着た悪魔」をご覧になられた方は、どれだけ厳しい場所か想像しやすいかと思いますが、
本人は映画より更に恐かったです。。
映画内で、スタッフの方が言っていたように
アナは必要以上の愛想を一切振りまかず、非常に淡々としている人でした。
声を荒げる訳でもなく、とにかく冷静に見えました。
周りのスタッフはそれぞれの人間性や思考が表れていましたが、
主役であるはずの彼女は最後まで感情をあらわにするシーンがありませんでした。
スタッフが撮影、ディレクションして出来上がったクオリティの高い完成ページを
どんどん没にしていく姿は、社内でも恨みの声は多そうで、実際に辞める人も後を絶たないらしい。
それでも現場では圧倒的な力を持つ彼女に反対できる人はいない。
映画を見ている間、彼女の仕事に対するモチベーションが
どこから生まれてくるのかをずっと考えていました。
以前このブログで、自分にとって仕事は「誰とするか」が大事だと書いたのですが、
彼女の仕事ぶりを見ていると、それがとても甘い考えのように思えました。
社内や、知り合いでの馴れ合いの仕事は一切なく、
見据えているものがあるから、切り捨てることができる。
彼女が何を見据えているのか、
何の為に働いてるのか、
それを鑑賞中ずっと想像しようとしていて、
少なくとも、目先のことではないと思いました。
スタッフと楽しく仕事ができること、
知り合いに出来映えを褒められること、
売上の数字を伸ばすこと、
といった、自分の利益だけではないように思えました。
自分と自分の周囲の世界を越えた世界を見る姿勢は覚悟が必要ですが、
何かを生み出し続けるのには必要なんだなと思いました。
あまりにハイレベルな世界で、
この映画を見て真似をして仕事をするというのは難しい作品でしたが、
仕事に対して面倒くさいなあ、なんて軽々しく口に出さないようにしよう、と反省しました。
そうしている間に、すごいスピードで進んでいる世界がある。
自分があの働き方をするとは思えませんでしたが、
自分の仕事に対してあそこまで自信を持てるほどの実績と能力、
ストイックな姿勢は本当にかっこよかったです。
今度はこの本を読んでみたいです。
| Front Row アナ・ウィンター ファッション界に君臨する女王の記録 ジェリー・オッペンハイマー 川田 志津 マーブルトロン 2010-06 売り上げランキング : 111438 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
余談ですがドキュメンタリーの中で、
アナが筆記用具をいれている瓶がカラフルでとても素敵でした。
自宅に飾られている壷も同じ作家の作品だったように思う。ほしいなあと思いつつ見てました。
2013年1月29日火曜日
人を生むということ
泊まりにきた友人に、強制的に見せるほど
デスパレートな妻たちにはまっています。
とあるアメリカの住宅地に住む、複数の家庭の謎や秘密や犯罪が交差して絡み合い、
徐々に解き明かされていく話です。ミステリー好きにはたまりません。
海外ドラマは本当におもしろい。
ひとつのドラマの中に複数の物語が並行しています。
登場人物一人ひとりがそれぞれ生きてきた物語を持っていて、
それが行動に理由と意味を持たせます。
日本のドラマは昔から苦手だけど、
ひとつのドラマの中に、ひとつしか物語がないように見えるとこが苦手です。
一個の話に向けて全員が動いてるように見える。
一つのキャラクターには一つの性格しかないように見えることにも違和感を覚えます。
そうかと思えば、
ももいろクローバーZにもはまっていて、
彼女らは完全にキャラクターを作り込まれてるグループです。
あのグループはプロレスをモデルにプロデュースされてるらしいけど、
個性を際立たせたキャラクターと、分かり易いストーリー性を持ったグループで、
上記の日本のドラマの苦手な部分が、ももクロでは好きな部分に変わるのがおもしろい。
プロレスモデルは、世代問わず門戸が広く、キャッチーのお手本のようです。
少年ジャンプの漫画も同様の作り方をしてそう。
歌舞伎も二枚目、三枚目とキャラクターを明確に定めているので、
昔からある日本のキャラクターの作り方といえるのかもしれません。
愛されるキャラクターと、薄っぺらいキャラクターの違いってなんでしょう。
奥行きを感じさせるかどうか、
つまり歴史を持っているかではないかなと思います。
特に考えずに書き始めた適当なブログでした。
頻繁に文章を書く習慣を身につけたいです。
ほぼ日に憧れています。
去年も言ってましたが、日刊どころか週刊も怪しいブログです。
1月も終わりますね。
2013年1月12日土曜日
今更ですがご挨拶
かなり遅くなりましたが、
あけましておめでとうございます。
昨年も、たくさんの人と出会えて、たくさんの人と仲良くなれて、いい年だったなと思います。
去年何かが変わったかというと、私自身は特段なにか変化した訳ではない。
相変わらず声は小さいし、悶々としているし、孤独感のことばかり考えている。
でも、ニュージーランドで初日の出を拝み、実家の犬が亡くなり、
ちりめんを飼い始めて、引越しをして、
今まで出会わなかったたくさんの人と知り合えて、
今までゆっくり話せなかった人とゆっくり話せて、
気付くことがたくさんあった年でした。
この気付きを常に全部覚えていることはできなくても、今後少しずつ活かせていければいいなと思う。
今年は、絵の仕事をより今後につなげられるように、
増やしていければいいなと思ってます。
増やしていければいいなと思ってます。
自由な時間が増えたので、たくさん絵を描きたい。
あと英語の勉強もしたい。
とりあえず現状を思い知る為、明日TOEIC受けます。(勉強ぜんぜんしてない^^^)
昨年初めに設定した目標は、
・言い訳をしない
・整理整頓をする
でした。
整理整頓は、家に関しては、物をすごく減らしたらできるようになりました。
今年は職場の整理整頓を頑張ろうと思います。
机に設置する引き出しワゴンがほしいな。
言い訳をしない、は今年も継続し、
さらに未来に対する言い訳、「『出来ない理由』を考えない」を追加しようと思います。
仕事においても、何にしても、「○○だから難しい」とか、
できない理由ばかり挙げ連ねて、避けてきたことがたくさんある。
どうすれば可能になるのかを、もっと突き詰めて考える癖をつけたい。
そして、暮らしを丁寧にしたい。
暮らしを丁寧にする、ということは、
意識して時間の使い方に目を向けることだと思う。
無駄な時間を減らしたい。携帯を眺めながらベッドに横たわっているような。
自分にとって必要な時間の使い方を選択し、紡いでいきたい。
無駄を楽しむなら、無駄を楽しむと選択してその時間を過ごしたい。
常に取捨選択しながら暮らせるよう、
自分の意志の上で暮らすことを癖づける年にしたいです。
今年も、何卒宜しくお願い致します。
あと英語の勉強もしたい。
とりあえず現状を思い知る為、明日TOEIC受けます。(勉強ぜんぜんしてない^^^)
昨年初めに設定した目標は、
・言い訳をしない
・整理整頓をする
でした。
整理整頓は、家に関しては、物をすごく減らしたらできるようになりました。
今年は職場の整理整頓を頑張ろうと思います。
机に設置する引き出しワゴンがほしいな。
言い訳をしない、は今年も継続し、
さらに未来に対する言い訳、「『出来ない理由』を考えない」を追加しようと思います。
仕事においても、何にしても、「○○だから難しい」とか、
できない理由ばかり挙げ連ねて、避けてきたことがたくさんある。
どうすれば可能になるのかを、もっと突き詰めて考える癖をつけたい。
そして、暮らしを丁寧にしたい。
暮らしを丁寧にする、ということは、
意識して時間の使い方に目を向けることだと思う。
無駄な時間を減らしたい。携帯を眺めながらベッドに横たわっているような。
自分にとって必要な時間の使い方を選択し、紡いでいきたい。
無駄を楽しむなら、無駄を楽しむと選択してその時間を過ごしたい。
常に取捨選択しながら暮らせるよう、
自分の意志の上で暮らすことを癖づける年にしたいです。
今年も、何卒宜しくお願い致します。
2012年12月26日水曜日
生まれ続ける物語
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言葉があふれそうになったので、こんな時間にブログを書きます。
今日は少し早く帰れたので、映画「バベル」を見ました。
とても悲しくて、とても良い映画でした。
まず、「バベル」というタイトルが素敵だと思った。
別々の言語を話す、別々の国の人たちがそれぞれの世界の中で、
それぞれの問題にぶつかりながら生きている話で、
それぞれの問題でありながら、ひとつの出来事で少しだけ結びついている。
ストーリーに関して詳細は省くけど、
モロッコ、アメリカ、メキシコ、日本、それぞれの場所で生きている登場人物たちは、
生き方は全く違えど、誰かを大事に想い、誰かに助けられ、誰かを傷つけ、気持ちを動かされている。
誰しも、自分ではどうにもできない悲しさを抱えている。
「どうにもできない悲しさ」に気付いている、気付かされる。
「どうにもできない悲しさ」は、今、この現実にもみんな抱えているものだと思う。
それは、私には想像もできない過酷な現実もあるだろうし、孤独感もあると思う。
孤独感ってなんだろう、と、この2年くらいずっと考えてきた。
誰もが抱えていて、誰も救えない。救われない。
孤独感からの解放を求めて、恋や酒や食や性に溺れてみたり、自己表現したりする。
でも結局、完全な解放はありえないのだとどこかで気付いてしまう。
私もずっと、孤独感からの解放を求めて、あがいてきたと思う。
今でもそうだと思う。
でもやっぱり解放される事はない。
「バベル」の泣けるところは、
人は、誰かの「どうにもできない悲しさ」をどうにもできないと知りながら、
それでも救いたいと思うものであることが、描かれているところだ。
救えない孤独感を、それでも救いたいと手を差し伸べることに、愛を感じるからだ。
私が好きだと思う映画や物語は、決まって、孤独感と丁寧に向き合っていることに気付いた。
私が好きだと思う人たちは、孤独に気付いている人が多いことに気付いた。
私の愛は、大事な人の孤独感を、埋める事ができないと知りながらも、
それでも、少しだけでも、埋めることができればと願うことに気付いた。
私の絵が、誰かの孤独感に共鳴し、寄り添うことが出来ればいい、と思う。
人の孤独は全部は救えないけど、ちょっとは救える。
救いたいと願う。
だから私は人が好きだ。その可能性を信じたい。
私は今日、頂いた一通の手紙に救われました。
その手紙は、きっとこれからの私の自信になり、支えになり、勇気になり、力となる。
今年は良い映画にたくさん出会えました。
特に覚えているのが、「レナードの朝」、「ダークナイト」、「ドッグヴィル」。あと「皇帝ペンギン」。
好きなものの共通するキーワードが「孤独感」であることには気がついたけど、
個々の物語は無数に生まれ続ける。一生それを追い続けていくのだろうと思う。
物語と別のところで、好きな映画は、映像の湿度にあると思ったのですが、
それはちょっと眠いので別の日にかきます。。。。
「バベル」の映像は、国ごとによって別の監督が撮ったのかと思う程、すばらしかったです。
日本のシーンは邦画のような湿度を感じました。(夜の室内は少し中国の映画の様な青さを感じたけど)
まるで旅行をして、各国の空気に触れた気分です。
気付きのある、よいクリスマスでした。
おやすみなさい。
2012年12月13日木曜日
告知
CDジャケット、歌詞カードのデザインをさせていただいた、
イソフラボンのフルアルバムが明日から発売されます。
本当に良い音楽なので、ぜひ皆さんに聞いてもらいたいです。
歌詞カードの方も、長い付き合いの2人とだからこそ、いいものが作れたと思います。
明日レコ発ライブです。詳細はこちら。
***
つい最近、あるものにとても憧れて、高揚した。
久しぶりにどきどきするものに出会えた。
その時に自分は自分のフィールドで戦おう、と思った。
今まで、憧れる人や、作品に出会った時、
どんなにジャンルが違っても自分と比べてみじめな気分になり、自信を失ってた。
でも今回は、私には私の戦える場所がある、と思えた。
決意だけしても意味はないけど、何を行動すればいいのか、
目標ができたので分かるようになった。
それが今年の収穫だと思う。
めざす方向を定めることができた。
そのためにどう動けばいいのか、少し分かった。
来年はもっともっとたくさん動こうと思う。
頑張ろうと決意することは、頑張ってることにはならない。
継続して行動することが一番大事。
私が憧れるのは、天武の才だけでなく、そこからの努力の軌跡だ。
普遍的なことしか言ってないけど、それでも、
「自分には自分の戦うフィールドがある」は、
今まで絶対に出てこない言葉だったので、純粋に嬉しく感じました。
明後日引越しです。
次の家は、今までと違う暮らしができたらいいな。
それが今年の収穫だと思う。
めざす方向を定めることができた。
そのためにどう動けばいいのか、少し分かった。
来年はもっともっとたくさん動こうと思う。
頑張ろうと決意することは、頑張ってることにはならない。
継続して行動することが一番大事。
私が憧れるのは、天武の才だけでなく、そこからの努力の軌跡だ。
普遍的なことしか言ってないけど、それでも、
「自分には自分の戦うフィールドがある」は、
今まで絶対に出てこない言葉だったので、純粋に嬉しく感じました。
明後日引越しです。
次の家は、今までと違う暮らしができたらいいな。
2012年11月12日月曜日
散らかったことばたち

最近はこんなピアスを作ったりしてました。
そのうち販売します。
突然ですが、一ヵ月後に引っ越しすることになりました。
ちりめんを連れて新しい家に移ります。
そのため、大掃除を進めています。
今まで持っていた物を捨てて、捨てて、捨てまくっています。
今のところ45リットルのゴミ袋を10袋ほど捨てました。
そんなに物を持っていない方だと思っていたけれど、
捨てても捨てても物が減りません。本も随分処分しました。
本は今のところ60冊ブックオフで売り、あと100冊持っていく予定です。
また、twitterとFacebookで貰い手を探して、貰ってもらってます。助かります。
どんどん物を捨てていくうちに、
物を大事にするということは必ずしも所有することではない、と実感しています。
本当に必要な物は極々少ない。
過去のしがらみを捨てるのが苦手で、特に罪悪感を感じるものは捨てにくい。
捨てるのは、嫌な記憶から逃げるように感じていた。
でも、未来を向く為に捨てました。
最近モチベーションが下がっていましたが、
この方のブログを読んでモチベーションあがりました。
→なんにもないブログ
ここまでなんにもない生活は難しいけど、
この空間は憧れる。
がんばります。
そんななんてことない日常の話でした。
小欲を大欲に昇華すべし。
っていい言葉だ。
塵を積もらせるより、大事なものひとつだけでいい。
自分の中のぐだぐだを全部物語に昇華して、風船みたいに飛ばしたい。
自分を取り巻く環境を一度崩して再構築するのだ。
2012年10月19日金曜日
変わるものと変わらないもの
ハリネズミが中心に生活がまわっていますが、それとは別に、妙に鬱々としていました。しています(継続中)
いい面を言うと、自分のしたい仕事、働き方が、ようやく見えてきた気がする。
ただ、ピリピリ神経の張りつめる感じや、あまり良くない食生活や、睡眠不足が、
徐々に身体と気持ちに表れているように思います。
夜眠り、朝起きて、支度をして、歩いて駅まで。
階段を下り、1時間電車に乗る。
パソコンに向かい、カロリーの高いごはんを食べて、
またパソコンに向かい、1時間電車に乗って、帰宅する。
たったこれだけのことだけど、
夜眠るのが苦痛になって、
朝起きるのが苦痛になって、
ごはんがおいしくない。(でも異常に食べる)
そして余程好きな人以外誰にも会いたくない。
ハリネズミちりめんは、そんな日々の中に舞い込んできました。
生き物を飼い始めて、「生きる」ことと「生かす」ことに、敏感になっています。
今、飼い始めたのは、自分にとってとても良いことだったのかもしれない。
自己否定の感情にを持つ前に、ごはんの支度や掃除など、即物的に生きざるを得ない。
圧倒的な自己肯定。
自己肯定を他者に求めるのは良くないことだと、自分に対しては思っているけれど、
生き物を飼うことだけは、それが可能なのだと思いました。
また、これはあくまでペットだから通用する話であり、
自分の子どもに対しては言えることではないと思う。
確かに子どもも、生活のノルマがかかる面では同じだけど、
子どもに対して自己肯定を求めてはいけない。
人間の子育てでは、自己肯定は与えるものだ、と思います。
もちろん、生き物を飼うことによって、どん底の気分が浮き上がるわけではないですが、
原因をきちんと言語化できているので、次に進む対策を考え、行動に移していきたいです。
余談ですが、
自己肯定を他者に求めるのは良くないことだと、自分に対しては思っているけれど、
好きな人に対しては、肯定を与えたくなる。
その矛盾を「それが愛ではないか」と友人に言われて、なんだか納得できました。
2012年10月8日月曜日
同居人
待望の同居人ができました。
名前はちりめんです。
土曜日お迎えに行き、今日で三日目。
まだフシュフシュ怒りの声を発してますが、
可愛くて、愛おしくて、たまらないです。
これから仲良くなれたらいいなあ。
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