2011年8月1日月曜日

1週間で近づいて2日間で遠ざかる

東京に行ってきました。まちこ(twitter:@ma_chi_co)と一緒に。


行ったのは、
名和晃平さんの個展
・新宿BEAMSでの名和さんの展示
ヤノベケンジさん個展と同ビル内のギャラリー数カ所
・植田正治さんの展示
・森美術館でフレンチ・ウィンドウ
アートフェア東京
アートアワード丸の内2011

予定より多くのギャラリーをめぐれて、友人にも会えて、
新しく友人を紹介してもらえて、おいしいごはんをたくさん食べて、
やたらとリッチなホテルで贅沢な時間を過ごして、
そして何よりすてきな作品をたくさん見ることができて大満足な2日間でした。

その中でも特に印象的だったのは、名和さんの個展。
名和さんの作品は、最も有名な鹿の作品くらいしか知らず前知識ゼロの状態で行きました。
初めて名和さんの作品を見たら感動するよと聞いて、わくわくしていたのですが本当に感動した。

一番はじめの部屋のPrismというシリーズと
最後のほうのPixCellというシリーズが大好きでした。

特に後者のものは、このままずっとこの部屋でぼんやり座っていたいと思った。
あたまの奥のほうが痺れていく感覚。広い面にひたすら絵の具を塗っていくときと似ている。
なんだか宗教的だ。
これだけいうと、大変な誤解を招きそうなのでもう少し噛み砕く。

暗闇の中、円になって座って焚き火の火を見続け同じ言葉を延々と言い続けていると、
A10神経が神経伝達物質を分泌して、脳が興奮状態になり、
神が見えたり、神の声が聞こえたりしているように感じるものらしい。
それが宗教やら祈祷やらの始まりだと聞いたことがある。

アートってそんな感じ。
つまり見ていると、もしくは作っていると、
A10神経からエンドルフィンやらドーパミンが分泌されて、“あたまの奥が痺れていく感覚”になる。
これは人によって感じ方が違うのかもしれないけれど、
アートに関して私の場合は、興奮すればするほど、静かにひんやりとした感覚を味わう。
静かな興奮、という言葉が一番しっくりくる。
(A10神経等の話は私のへたくそな説明より、このサイトが分かり易かったです)

名和さんの展示はそんな感覚に陥る展示でした。あたまがジンジンした。

最近、絵を描く行為を本能的に求めている気がして、
でも制作するって生きることに直接必要がない行為なのになんでかなあと思っていました。
もしかしたら神経から制作に依存してしまってるのかもしれない。

ミュージシャンが麻薬を使用することが多い、という話を大学時代聞くことが多かったのですが、
それは、最高の演奏をしている時の脳の興奮状態を、麻薬では簡単に得られるからではないかと感じた。
私は嫌だ、そんなこと。
最高の制作には、それ相応の努力や苦しみや、もがいた軌跡がある気がするんだ。
制作物からそれを読み取ることができなくたって、表現したいものがあるから表現すると思うんだ。
表現したいものを具現化するまでは、それがどんな形を、質感を、色をしているのか、自分の中で咀嚼しなくちゃいけない。
その課程には、楽しさだってあるけれど、苦しさだってあると思うんだ。
その経緯をすっ飛ばして、結果の興奮だけ求めたって、残るは空しさばかりだと思ってしまうんだ。
こんなことを言うと、また私は頭が堅いと言われてしまうのかな。
積み重なるコンプレックスやジレンマをどう制作に活かしていけばいいんだろう。

神経伝達物質に依存した制作ってどうなんだ。
興奮状態になりたいから、創るってどうなんだろう。
それは本当にいいものを創ることができるのかな。
依存という言葉のマイナスイメージに捕われているだけだろうか。
むむむむむ
ここ数ヶ月、制作は不調続きでなんだか情けない。
でもやっぱり描きたいんだ。最高の興奮を得たいんだ。

なんだか話が大幅にずれました。
名和さんの個展、本当におすすめです。ぜひぜひ。
フレンチ・ウィンドウもよかった。説明が分かり易い。
無料で音声ガイドの貸出をされているので、聞きながらの鑑賞をおすすめします。

現代アートの楽しみ方を今回実感した旅でした。
ああ、その話も書きたかったのだけど。むしろそっちがメインのつもりだったのだけど。
今回は作品の感想まで。次回書きます。

この感動を“君”に伝えられたらいいなあ と思った。
私の世界はそれが全てかもしれなくて、そんなちっぽけな自分は嫌だとも思っているんだよ。
でもきっと、その世界がないと、どんな広い世界に行ったってつまらなく感じてしまうだろうね。
このジレンマを、孤独を、愛を描けたらいいと思う。

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