2018年5月5日土曜日
獣道
いつの間にか冬を越えて、あっという間の春が通り過ぎて、夏の緑が息づいているのを感じています。
暖かくなったからベランダに出した植物たちも、なんだか生き生きしているように見える。
何かが変わったかというと、変わっていないようで変わっているようで。
この半年でつくづく感じたのは、変わる変わらないを他人の状況任せにしていた自分の弱さと空っぽさ。
私が求めているものは何か、私がめざしているものは何なのか、何になりたいのか、何がしたいのか。
答えなくてもいい環境に甘んじていたことがよくわかった。
隠れていた影がなくなって、剥き出しになって、恥ずかしくて痛くて辛かったけど、起こるべくして起こったのだとようやく思えるようになりました。
感情は簡単に消えるものでもないけれど、それも含めて自分の足で踏みしめていくしかない。
未来が見えないことに変わりはないけど、目を向けることを怖がらなくなった。
半年前を思えば今はそれで十分。
連休はとことん自分のために休んで、連休明けからまたがんばろう。
2017年9月11日月曜日
夜に向かって歩く
30歳になった今、ここまで将来がまるで見えない状況に陥るとは思わなかったし、明日の予測もたてられない現状を、せっかちな自分が我慢していることに驚く。
明日が見えないというのは、絶望的な気持ちのなかで毎日を生きる気持ちだけど、振り返ると案外美しい日々が散らばっていたりして、なんだか不思議な気持ちになる。
日々闇雲で、なんてしんどい年なんだと思いながらも、今年一年の幸せな記憶はたくさん残っている。
昨日と今日しか明確なものがないけど、一方で、過ぎたことは不変となるので、昨日にまで絶望しない様に、目の前のことに誠実に向かいあうしかないとひしひしと思います。
とりあえず、明日の仕事をがんばろう。
今年読んだ本でよかったのは、ジュンパ・ラヒリの「停電の夜に」。
ちょうど同時期に森美術館で開催されていた「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅 」と相まって、今年はインドに行きたい欲が高まった。
最近では、ケン・リュウの「紙の動物園」も素晴らしくよかった。
全て、移民であるとか、マイノリティー文化をマジョリティ文化の文脈に上手くのせているものばかりで、それでも皮肉的ではなく、愛おしい生活が描かれている。
この3つの作品群に出会えて今年は本当によかった。やはり文学も含めて芸術は人を救うものだと、今年は体感した。
私を私から遠ざけるものが、自分の生きている世界から遠ざけるものが、個人としても、社会としても必要なのだと思う。
2016年8月15日月曜日
昨日と明日をふりかえって
21歳から始めたこのブログも、とうとう8年目、29歳になりました。ハリネズミのちりめんは元気に4歳になりました。
大学生だったあの頃から、就職、そして一昨年は転職をし、3ヶ月ほど前には結婚をしました。
繰り返しやってくる明日は、おなじような毎日の繰り返しに思える時も多いけれど、この8年に起こった様々な出来事や、思考の道のりを考えると、ずいぶん遠くへきたもんだなんて、感慨深くもなります。
繰り返しやってくると当然のように信じられていた毎日も、大切に過ごさなきゃいけない1日だと実感するようになりました。
きっと年齢を重ねれば重ねるほど、その実感は強くなるんだろうと思います。
美味しいねと笑って言い合える毎日を重ねていきたいです。
すべての日が刺激的ではないと感じている退屈さは、本を読んで新しい世界を拡大することで解消できる、と改めて感じている最近です。
特にSFは旅行気分を味わえる。
今日はジョージ・オーウェルの『1984年』を読み終わりました。
彼の『動物農場』や、ウェルベックの『服従』、ロイス・ローリーの『ザ・ギバー』など、好きなテーマですが、最近はありえない話ではないように思えているところです。
社会を取り巻く価値観が明日1日ですべて変わってしまう、そんな革命のようなことは、もう起こりえないと思うけど、気が付いたらすべてが変わっている気がする、そんなことは1年後に起こっていてもおかしくない。
同じような毎日を繰り返していながらも、私自身や私が生きている社会は、動いているのだと、ときどき振り返らないといけないなと思います。
そんなわけで最近は年1回の更新になりつつありますが、このブログは続けていきたいなと思います。
2015年4月21日火曜日
迷子
現在開催中の芸術祭、パラソフィアに行ってきた。
京都市美術館の地下など、これまで展示に使用しているところを見たことがない場所を
展示場所として使用されていたり、見せ方の工夫がすごく考えられていたところが素晴らしかった。
しかし肝心の作品がそこまで面白く感じられず、少し残念というのが感想だ。
写真の作品はその中で好きだったもの。
(とはいえ一番上については作品でなく、京都市美術館の忘れ傘置き場。)
先日の混乱の話につながるけれど、混乱させるにも技術がいる。
ただの分からないことだけ投げられても、確かに混乱するけれど、
思考につなげられるほど粘着力のある混乱には至らない。
興味を抱くような、わくわくする混乱を与えるには、高いクオリティやセンスが必要だ。
パラソフィアの作品群にそこまで面白みを感じなかった、というのはそういう点だった。
よく分からない、それだけで終わってしまう作品が多かったように思う。
現代美術で、よく分からないものに出会うことは多々あるけれど、
よく分からない中には分からないなりに、興味を惹かれるものはあるのだ。
そこから、アートじゃなくてはいけない執念を感じられるのかもしれない。
この半年は、自分の仕事や職場についてひたすら考え、知らないことばかりな現状を打破すべく、勉強するよう心がけているけれど、今後もずっと執念を持ち続けていきたい。
疲れてしまわないように、諦めてしまわないように、
有終の美を飾るための仕事なんてせず、生き続けるための執念の仕事をしていきたい。
2015年4月18日土曜日
幽霊たちにまみれて
転職して、毎日のように良かった、と思うのは、夕焼けを見られること。
大きな窓から差し込む夕陽、積雪、野生の鹿(?)、満開の桜、桜吹雪、広い空、膝の上の野良猫。
四季を感じながら毎日を繰り返すって、とても大事だ。太陽を感じないと体が弱る。
そしてとうとう春がきた。春はもう世界の匂いが違うのだ。おなかいっぱい息がしたくなる。
最近読んだ中で一番おもしろかったのは、ポール・オースターの「幽霊たち」。
自分の経験や、自分の見ている世界なんて、いかに不確定なものか。
美しい混乱だった。
混乱を与えたい。
最近はとかく、一から十まで説明する世界になっている。
子どもたちは、説明書を読みながら社会を歩むんだろうか。
崖っぷちの足元すら見えていないよ。
アリスのように混乱と不安にまみれて、考え続けて、わからないまま、10年後にふと答えが見つかる(こともある)。
そんな問いを投げて、考えさせてくれる大人ってかっこよくて、誠実だと思うのだ。
紅茶を飲んで、考える時間に付き合ってくれるのだ。
20年経ったってそんな大人になれている気はしないけど、
そんな大人に囲まれていることの幸運を正しく自覚したい。
大きな窓から差し込む夕陽、積雪、野生の鹿(?)、満開の桜、桜吹雪、広い空、膝の上の野良猫。
四季を感じながら毎日を繰り返すって、とても大事だ。太陽を感じないと体が弱る。
そしてとうとう春がきた。春はもう世界の匂いが違うのだ。おなかいっぱい息がしたくなる。
最近読んだ中で一番おもしろかったのは、ポール・オースターの「幽霊たち」。
自分の経験や、自分の見ている世界なんて、いかに不確定なものか。
美しい混乱だった。
混乱を与えたい。
最近はとかく、一から十まで説明する世界になっている。
子どもたちは、説明書を読みながら社会を歩むんだろうか。
崖っぷちの足元すら見えていないよ。
アリスのように混乱と不安にまみれて、考え続けて、わからないまま、10年後にふと答えが見つかる(こともある)。
そんな問いを投げて、考えさせてくれる大人ってかっこよくて、誠実だと思うのだ。
紅茶を飲んで、考える時間に付き合ってくれるのだ。
20年経ったってそんな大人になれている気はしないけど、
そんな大人に囲まれていることの幸運を正しく自覚したい。
2015年1月2日金曜日
あけましておめでとうございます。
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
ずいぶん更新を怠っていましたが、その間いろいろありました。
10月より転職をして、今はまた京都に住んでいます。
引っ越しやらなんやらひたすらばたばたして、
ようやく一息つけたかな、と思うような、そうでもないような。
27歳として半年が過ぎ、もう半年で28歳になってしまうのですが、
その歳として持つべき自覚も、力も、相変わらずないままです。
未熟である、という自覚だけは持ち続け、日々勉強していきたいと思います。
勉強と、言語化の1年間にしたいです。
仕事も生活も随分変化があった2014年下半期でした。
2015年はどんな年になるのか、まだ想像もできません。
2014年の最初だって、こんなに変化があるとは想像もしていませんでした。
2015年だって、何かが起こるときは起こるし、
自分の身に目立つことが起こらなくても、きっと何かしらの変化はあるでしょう。
それが良い前進となるように、アンテナを張っていたいと思います。
改めて、今年も宜しくお願いします。
転職後、読書の必要性がでて、今までより本を読んでいます。
備忘録的として2014年の年末までに読んだ本リスト。
永続敗戦論 白井聡
岡本清一政治評論集 20世紀を生きる
大学教育について J.S.ミル
これからの「正義」の話をしよう マイケル・サンデル
大学とは何か 吉見俊哉
自由からの逃走 エーリッヒ・フロム
短夜明かし 佐々木中
自由の問題 岡本清一
実存主義とはなにか サルトル
この世は二人組ではできあがらない 山崎ナオコーラ
福翁自伝 福沢諭吉
街場の大学論 内田樹
チェルノブイリの森 エマニュエル・ルパージュ
知ろうとすること 早野龍五
自由論 J.S.ミル
ジュージュー よしもとばなな
もの食う人々 辺見庸
暗鬼 乃南アサ
同じジャンルの本を続けて読むうちに、
点と点が繋がって、星座のように、もしくは蜘蛛の巣のように、
知識のネットワークが自分の中にできているような気がします。
とはいえまだまだちょっぴりですが。
「もの食う人々」がとても良かったです。
少し前のルポルタージュですが、「食」にフォーカスをあてて、世界中をまわった記録。
日本がいかに食に恵まれているのか、
生き物にとって、人の暮らしにとって、いかに食が大切か、見せつけられる本でした。
「食の恨み」を抱かない生き方をしていることを自覚させられました。
2014年6月3日火曜日
アフォガードにはまる初夏
真夏の暑い日、ゆらめく陽炎を眺めながら感じる退屈さは、夏休みの記憶だと最近気がついた。
蝉の声が聞こえて、足下から湯気が立ちそうな影の濃い真夏日。
仕事をしていて、夏休みなんて一週間もない、もうじき27歳の私でも、
夏のゆらめきは退屈でけだるくて、とても好きだ。
最近読み終わったのは、
湊かなえさんの「花の鎖」、
島本理生さんの「一千一秒の日々」、
ようやく読み終わった瀧本哲志さんの「僕は君たちに武器を配りたい」、
デイヴィッド・ミーアマン・スコットとブライアン・ハリガンの「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」。
二人がいかにグレイトフル・デッドを好きかよく分かって楽しそうな本だった。
あと、岡田斗司夫さんとかもこっそり読んでいる。
もうじき読み終えそうなよしながふみさんの対談集、「あのひととここだけのおしゃべり」は、
仕事に対するストイックさ、熱心さ、楽しさが伝わってきて、読み進める毎に、
「ああ、絵を描きたい!」「何かを作りたい!」と引っ張られるような本だ。
並行して読んでいる矢部 嵩さんの「〔少女庭国〕」は半分程読んだけどさっぱり展開が読めない。
今の段階ではそんなまさか、と思うようなことばかりだけど、
最後まで読み終わったらどうなるのか、早く読み終わりたい。
今週末は3年ぶり2度目の台湾に行きます。
台湾に関するレビューを集めた本も読んだけどそれはあんまりだった。
台湾が舞台の小説、吉田修一さんの「路(ルウ)」を読みたかったけど、行くまでには間に合わなさそう。
台湾は何度でも行きたくなるから、次の時までに読めたらいいな。
2014年5月19日月曜日
アクト・オブ・キリング
先日、映画「アクト・オブ・キリング」を見てきました。
1960年代にインドネシアで繰り広げら
見終わった後もなかなか席を立てなかった。
1000人以上も殺したと言う殺人者たちが目の前のスクリーンに映っていること、
自分たちがした殺人の話をさも当然のように話していること、
そして、映画が進むにつれて、彼らが人を殺してきた過去をもう一度考えていく姿、
この映画によって、今後の人生が変わる人がどれだけいるんだろうと思った。
私はこの映画を一生忘れることはないと思う。
2014年5月9日金曜日
なぞなぞ
出ていたことを知らなかった、シリーズ3作目の「スペース
」も読みました。
1作目の「ななつのこ」が一番好きです。
ある絵本を愛読する短大文学科の女の子が、日常の謎をファンレターに書いて作者に送ったところ、まさかの解答付きで返事が届く連作短編集。
今読んでもいい作りだなと思います。ささやかな蛇足や比喩表現、作者の視点がとても好きです。
しかし謎というものは、私の日常からはすり抜けていってしまうようです。
「いつだって どこでだって 謎はすぐ近くにあったのです。」
という「ななつのこ」の帯コピーはとても素敵で印象的です。
小さい頃は歩く道々謎だらけだったものでした。
世界を「見慣れた」と思うのは傲慢かもしれません。
最近他に読み終わったのは、
村上春樹の新刊短編集「女のいない男たち
」
野崎まど「[映]アムリタ
」
三浦しをんの「きみはポラリス
」
などです。
村上春樹の新刊は読書会に参加したのですが、なかなかの批判されっぷりでした。
私はビートルズのイエスタディに関西弁の適当和訳をつける男の話、「イエスタディ」が一番好きです。
読み散らかしている本には、
「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ
」(おもしろい!)や
などなどあります。
小説は一気読みできるのですが、それ以外はついつい読了前につまみぐいをしてしまっています。
とはいえなかなか本を読む間もないゴールデンウィークでした。
写真を撮って、人と話して、鴨川を横断して、猫を触って、本を買いこんで、
おいしいものをたくさん食べました。
カテゴリー:
book,
diary,
illustration
2014年4月25日金曜日
熟すということ
あっという間に4月が終わりそうです。
大きな仕事が一区切りして、ほっとしているところです。
毎年忙しい季節ですが今年は桜をたくさん見ることができました。
ここ最近たくさんの嬉しい出来事がありましたが、ひとつに文楽を観に行けたことがあります。
大学の授業で映像を見てから興味を抱きつつも行けていなかったのですが、
3月末に現代芸術家の杉本博史さんが監修された杉本文楽を見てすっかり虜になりました。
歌舞伎にはそこまで惹かれないので、人形が可愛らしかったことが理由の一つかと思います。
そして想像以上に太夫さんの語りが分かり易い。特に台詞に関しては現代語のようで聞き取りやすいです。
更に意外と笑ってしまうシーンが多くて、それも案外悲壮なシーンの中で笑いを挟んでくるので、退屈になりません。
(先日文楽劇場に観に行った「菅原伝授手習鏡」では、娘が殺されているのを発見して母親が泣いているシーンがあり太夫さんの語りも悲しげなのに、横でおっさんの人形が裸で激しく身体を拭いていて、どこからつっこんだらいいのか分からなかった)
文楽にすっかりはまってしまった最近ですが、会ったことも無い曾祖父の唯一の趣味が「文楽を観に行って帰りに鰻を食べる」ことだったと知りました。
もし話ができたなら、お勧めを教えてもらえたのかもしれません。
曾祖父が見ていた技芸員さんはもう舞台上にはいはらないのでしょうが、演目は同じものを見ることもあるのでしょう。
なんだかふしぎな気持ちです。
文楽を見ていると、30代くらいの年代でも随分若い技芸員の方という印象を受けます。
実際の技術的にも素人でも分かる程、ベテランの方と大きな差がありました。
働き出して5年目の私も、社会人年齢で考えたら、まだまだまだまだ未熟者です。
3年くらいしてから、周囲では転職する人、独立する人が増えてきましたが、まだまだそんな自信も力も身についている気がしません。
最近、社会人の人生を大学の学年に例えたら、今はまだ1回生くらいだなと思いました。
私は小中高でも大学でも1年生より上級生になるにつれて楽しくなっていったタイプです。
時間はかかる方だけど、ずっと生きる力を身につけていきたい、熟していきたいと文楽を見てて思いました。
教えてもらって読んだ三浦しをんのエッセイ、「あやつられ文楽鑑賞」と小説「仏果を得ず」はどちらも大変おもしろかったので、文楽鑑賞前の入門書におすすめです。
| あやつられ文楽鑑賞 (双葉文庫) 三浦 しをん 双葉社 2011-09-15 売り上げランキング : 87017 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| 仏果を得ず (双葉文庫) 三浦 しをん 双葉社 2011-07-14 売り上げランキング : 31725 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
明日は今年に入って初めて?くらいの、何も予定のないひとりの休日です。
本を読んで映画を見て絵を描いて掃除と洗濯をして長風呂をしたい。
2014年3月17日月曜日
電車にのって
![]() |
| 10 |
大阪の交通科学博物館が閉館するとのことで行ってきました。
電車や飛行機、車の模型はもちろん、昔の車の広告や、電車のヘッドマークの展示など、想像以上に濃密で楽しかったです。
2年後に京都に移転とのことでなくなるわけではないようでした。
古い切符や昔の電車のセットを眺めながら、皆どこに旅だって、どこに帰っていったのかなあと想像しました。
私は電車自体にそれほど興味を抱かなかったですが、
旅をする人やその気持ち、また、電車を作る人たちのことを考えることができた場所でした。
旅をすることは今まで自分にとって大きなテーマのひとつでしたが、
最近、本や映画といったコンテンツに浸かることもまるで旅のようだと思うようになりました。
そのコンテンツについて、誰かと話している時間はまるで共に旅にでているような、そんな気持ちです。
最近はそんな旅で随分あちこちに出かけています。
2014年3月11日火曜日
3年
![]() |
| 08 |
![]() |
| 09 |
3年前の様々なことは、もう3年であったり、まだ3年であったり、
時間感覚がのんびりしているけれど、311だけはもう3年も経ったのか、と思う。
ちょっぴりの募金しか実際の関わりは持っていないけれど、
あれから出会った人や本や作品や情報に、311は前提として必ず入ってくるものだから、この3年間地盤のひとつとしてあり続けた。
それでも今日になってあの時のこと、あの時のtwitter、あの時のテレビを思い出したら、少し唇が震えます。被災地の人が少しでも早く安心して暮らせるようになればと思います。
3年前のあの時期は、自分の気持ちが竜巻のように混乱していた時期で、数ヶ月毎日のようにべそをかいてた。
あの時から3年経って、一緒にいる人たちや、住む家は変わって、職場は変わっていない。
毎日泣いてはいないし、むしろ笑うことが増えた。
3年間で大きく変わったことも、何も変わっていないこともあるけれど、
自分のできることをして、自分も自分の好きな人たちも大切に過ごしてしていきたいです。
自分のできることをして、自分も自分の好きな人たちも大切に過ごしてしていきたいです。
2014年3月10日月曜日
藍の名残をまとう
![]() |
| 6「亀は万年」の万年って何年だろうって話をしたなあという落書き |
窓から差し込む光がなんとなく柔らかくなってきて、春が近付いたのを感じています。
今年の冬は一度だけ風邪をひいたけれど、昨年よりは寒くも、淋しくもなかった。
2月は、最初に東京に行き、ミヒャエル・ボレマンス、O JUN、大槻香奈さんの展示を三本立てでダッシュで見て回りました。
どれも今年ナンバーワンになりそうな程素晴らしい展示で、行けて本当に良かった。
未だにどこに貼ろうか悩んでいる。
(元々好きだったけど)すっかりボレマンスに魅了され、建仁寺で開催されたボレマンスの企画展も見に行きました。
茶室に展示されるボレマンスの墨絵ももちろん良かったですが、
雪が散らつく建仁寺のお庭や、生けられたお花が素晴らしかったです。
絵に負けないというか、絵より静かで更に強い。
それ以外では、京都の芸大(京芸、精華、京造)の卒業制作展に行ったり、
「ヨハネスブルグの天使たち」という小説の読書会におじゃましたり、
徹夜明けで仕事してそのまま節分パーティに参加したり、
杉本博史さんと浅田彰さんの対談を聞きに行ったり、
杉本博史さんと浅田彰さんの対談を聞きに行ったり、
思想家の東浩樹さんが京都で研究会にいらしてたのでそれにちょっとだけ参加したり、
大学同期の結婚パーティに行ったり、
東浩樹さんの「セカイからもっと近くに」の読書会に参加したりしていました。
「ヨハネスブルグの天使たち」は、全体的にはそれほど好みの小説ではなかったけれど、
日本製女性型アンドロイドが毎日大量に空から落下し回収されるシーンがとにかく美しくて素敵でした。
東浩樹さんの「セカイからもっと近くに」の読書会に参加したりしていました。
「ヨハネスブルグの天使たち」は、全体的にはそれほど好みの小説ではなかったけれど、
日本製女性型アンドロイドが毎日大量に空から落下し回収されるシーンがとにかく美しくて素敵でした。
そのシーンだけでも読めて良かったです。
今月末は、杉本博史さんが手掛ける文楽、「曾根崎心中」を見に行きます。
現代芸術家の束芋さんの映像作品も絡んでくるようです。
残念ながらそれまでに、文楽劇場で行われている元々の文楽公演を観に行くことは
できませんでしたが、ずっと観に行きたかった文楽、とてもとても楽しみです。
今月末は、杉本博史さんが手掛ける文楽、「曾根崎心中」を見に行きます。
現代芸術家の束芋さんの映像作品も絡んでくるようです。
残念ながらそれまでに、文楽劇場で行われている元々の文楽公演を観に行くことは
できませんでしたが、ずっと観に行きたかった文楽、とてもとても楽しみです。
昨日は、夜の公園で久々にブランコを漕ぎました。
のけぞって、上を見上げたら少しだけ桜が咲いていた。
暗闇でも桜の白は浮き上がるのはなんででしょう。
毎年桜を見ているけど、今年の桜はいつもよりずっとずっと楽しみです。2014年1月17日金曜日
no title
2014年1月14日火曜日
2013年11月28日木曜日
二人展のお知らせ
三年ぶりに展示をします。 ご高覧いただければ幸いです。
小川文子 植松あおば 二人展 「君のいる世界」
会期:12/8(日)〜12/15(日)13:00〜19:00(最終日は〜17:00まで)
ところ:〒600-8059 京都府 京都市下京区 麩屋町通 五条上る 下鱗形町 563 Antenna Media
*12/8(日)18:00よりオープニングパーティを行います。お気軽にお越し下さい。
アクセス 京阪「清水五条駅」3番出口より徒歩4分 地下鉄烏丸線「五条駅」1番出口より徒歩8分 JR「京都駅」中央口より徒歩25分 ※P無し:近隣にコインパーキングがございます。
久々に展示をさせていただくことになりました。
気がつけば来週からです。旧作も少しありますが、ほぼ新作で20点弱です。
陶芸の小川文子さんと一緒に展示をさせていただきます。
小川さんの作品が元々とても好きで、初めてギャラリーで購入した作品でもあります。
ひょんなことからこういった機会を頂けて、嬉しい気持ちでいっぱいです。
久々の制作をして、つくづく自分が人を好きだと思いました。
街中でケンカして泣いている女の子や、酔っぱらっているサラリーマン、
身振り手振りで議論している人、窓際の席で本を読んでいる人、
スーパーで野菜を選んでいるおばさん、毎日同じ場所に立っている警察官、
それぞれに大事な人がいて、誰かと話して、笑って怒って泣いて、物語を持っている。
一歩ひいた場所でその風景を見ると、そこにいる全ての人が愛おしく思う。
ひとつひとつに意志や意味はないけれど、小さな物語が集まって世界が形成されていると、
完成した絵に囲まれて気付くことができました。
誰かの物語に共鳴できるような、そんな展示になればいいなと願っています。
いつも多くの方に刺激をいただいてばかりなので、少しでもお返しできれば幸いです。
宜しくお願い致します。
***
DMをもらってくださるという方は
fankcoffee@gmail.comに宛先をメールでいただけると嬉しいです。
宜しくお願いします。
2013年10月28日月曜日
2013年9月30日月曜日
「ウェブ社会のゆくえ」読書会のはなし
しばらく 空いてしまいました。
告知・ご連絡もありますが、まずは備忘録もかねて日記から。
今週末は密度の濃い、充実した時間を過ごしました。
土曜日は、関西クラスタ・GACCOH・文化系トークラジオ Life 共催の
鈴木謙介さん(以下チャーリー)の新刊「ウェブ社会のゆくえ」の読書会に行ってきました。
>amazon記載の内容紹介
会議中やデート中、目の前の相手がSNSを見始めたら?
スマートフォンが飛躍的に普及した今日、ウェブの情報空間がリアル空間と結びつく
「多孔化」は、私たちの生きる現実を大きく変容させ、社会のつながりを揺るがしつつある。
いま、最も注目される社会学者が、「ソーシャルメディア疲れ」する若者の自己の有り様から、
震災以後の日本社会の共同性の危機まで、多孔化した現実のゆくえを探る、待望の書き下ろし!
--------------------------------------------
●本を読んだ時点での感想
この本の最後に20年後の子供たちが成人した頃の社会に向けて、と書かれていたけど、
きっとその頃の親の世代が今の私たちの世代だろうと思う。
対面している時にスマホを使用する世代の私たちが結婚して、家庭を作った時、
家にいる時間にスマホを使わない、SNSを使用しないということはありえないと思う。
今はまだ、「子供はスマホを使うけど、親世代は使わない」ケースも多いだろうけど、
20年後は「親も子供もSNSに常にアクセスしている」ようになるかもしれない。
例えば今まで家庭内にあった団欒の時間は、各々がスマホないし情報端末を使用している時間になるのだろうか。
それでいて、instagramやそれに瑞するもの、ブログ等に子どもの写真や家族の写真を
アップするのではないかと思う。
家族=プライベートではなく、外に向けて見せるものの一面も含むようになる。
そこで発信される写真は、他者から見て羨ましがられる家族の姿を演出するだろうけど、
そこで出来上がる「理想の家族の形」が、「仲良し」「コミュニケーションがとれている」の場合、
現実と理想の差がますます拡がっていくのかな、と思った。
私自身は、恋人が携帯ばっかり触っていても特に不満を感じないけど、
今後築く家庭に会話がなく、全員携帯を触っている状況はさみしいなと思う。
自分が築きたい理想の家族像とは、家族が揃って話しながら食事をとることで、
きっとそれを叶えるには、既存の家庭のイメージに縛られず
新たにルールを考えていく必要があるように思う。
そのルール作りってどうしたらいいんだろう、と心配になった。
●読書会後の感想
読書会のトークタイムで、まさにその話がでたのが嬉しかった。
チャーリーの回答はいくつかあったけど、「各家庭で考えること」が前提だった。
これはその通りだと思う。
新しい家族の定義やルールは外側が定めることはできない。
人間関係は当事者が構築していく他はない。
ただ、今後の家庭の形は、よほど禁圧する型の家庭を除き、多くの家庭が多孔化していくだろうし、
そうなった時に全ての家庭がその場で考えること、対策を講じることは難しいかもしれない。
多くの問題が起こってから考えることは不安だし、
問題が解決できない事態にまで至ってしまうケースもあると思う。
家庭でのみ考えていくのは自分の能力に不安があるので、
今後の家庭の形の予想(女性の勤務体系も含めて)や、そこでの子供との向き合い方、
多孔化する中で心地よい家庭の作り方の考察を読む機会に今後恵まれれば嬉しい。
二次会の場で話していた時に、親が子供の話を聞かなくなることで
アダルトチルドレンのような子供が増えるんじゃないかという意見もあって、
なるほどなと思った。
親が自分に構わず携帯ばかり触っている姿を見て、インターネットが嫌いになる、
アンチネット世代が出てきてもおかしくない。
電車の中でも、子どもが話しかけているのに、
子どもの方を見ず携帯ばかり触っている親を見る事が多々ある。
インテリア雑誌の中の理想的住居の写真に、情報端末が一切出てこないという話は、
まさに現代のジレンマが表れていてとてもおもしろかった。
今後インテリア雑誌を見る時意識しておこう。
--------------------------------------------
そして読書会のこの日は、関西クラスタの方々に久々にお会いできてとても嬉しかった。
いつになく大規模なイベント(100人弱→100人超えてたらしい)で、関西クラスタが結成してから今まで、
たくさんの人を引っ張って、繋げてきた結果だと思う。
チャーリーの最後の挨拶、今がすべてではなく、時間をかけることが希望の種というのは、本当に素敵な言葉だった。
きっと関西クラスタも、ここに、そしてこれから先につなげる為に
たくさんの人が種の世話をしてきた結果なんだろうな。
様々な大学の社会学者の方々や、熱心に勉強されてる方の話を聞ける環境を
作ってもらえるのはとても勉強になってありがたいことだと思う。
そんな感謝もあり、学びの興奮もありの素敵な土曜日でした。
告知・ご連絡もありますが、まずは備忘録もかねて日記から。
今週末は密度の濃い、充実した時間を過ごしました。
土曜日は、関西クラスタ・GACCOH・文化系トークラジオ Life 共催の
鈴木謙介さん(以下チャーリー)の新刊「ウェブ社会のゆくえ」の読書会に行ってきました。
| ウェブ社会のゆくえ―<多孔化>した現実のなかで (NHKブックス No.1207) | |
| 鈴木 謙介 NHK出版 2013-08-27 売り上げランキング : 1069 Amazonで詳しく見る by G-Tools | |
>amazon記載の内容紹介
会議中やデート中、目の前の相手がSNSを見始めたら?
スマートフォンが飛躍的に普及した今日、ウェブの情報空間がリアル空間と結びつく
「多孔化」は、私たちの生きる現実を大きく変容させ、社会のつながりを揺るがしつつある。
いま、最も注目される社会学者が、「ソーシャルメディア疲れ」する若者の自己の有り様から、
震災以後の日本社会の共同性の危機まで、多孔化した現実のゆくえを探る、待望の書き下ろし!
--------------------------------------------
●本を読んだ時点での感想
この本の最後に20年後の子供たちが成人した頃の社会に向けて、と書かれていたけど、
きっとその頃の親の世代が今の私たちの世代だろうと思う。
対面している時にスマホを使用する世代の私たちが結婚して、家庭を作った時、
家にいる時間にスマホを使わない、SNSを使用しないということはありえないと思う。
今はまだ、「子供はスマホを使うけど、親世代は使わない」ケースも多いだろうけど、
20年後は「親も子供もSNSに常にアクセスしている」ようになるかもしれない。
例えば今まで家庭内にあった団欒の時間は、各々がスマホないし情報端末を使用している時間になるのだろうか。
それでいて、instagramやそれに瑞するもの、ブログ等に子どもの写真や家族の写真を
アップするのではないかと思う。
家族=プライベートではなく、外に向けて見せるものの一面も含むようになる。
そこで発信される写真は、他者から見て羨ましがられる家族の姿を演出するだろうけど、
そこで出来上がる「理想の家族の形」が、「仲良し」「コミュニケーションがとれている」の場合、
現実と理想の差がますます拡がっていくのかな、と思った。
私自身は、恋人が携帯ばっかり触っていても特に不満を感じないけど、
今後築く家庭に会話がなく、全員携帯を触っている状況はさみしいなと思う。
自分が築きたい理想の家族像とは、家族が揃って話しながら食事をとることで、
きっとそれを叶えるには、既存の家庭のイメージに縛られず
新たにルールを考えていく必要があるように思う。
そのルール作りってどうしたらいいんだろう、と心配になった。
●読書会後の感想
読書会のトークタイムで、まさにその話がでたのが嬉しかった。
チャーリーの回答はいくつかあったけど、「各家庭で考えること」が前提だった。
これはその通りだと思う。
新しい家族の定義やルールは外側が定めることはできない。
人間関係は当事者が構築していく他はない。
ただ、今後の家庭の形は、よほど禁圧する型の家庭を除き、多くの家庭が多孔化していくだろうし、
そうなった時に全ての家庭がその場で考えること、対策を講じることは難しいかもしれない。
多くの問題が起こってから考えることは不安だし、
問題が解決できない事態にまで至ってしまうケースもあると思う。
家庭でのみ考えていくのは自分の能力に不安があるので、
今後の家庭の形の予想(女性の勤務体系も含めて)や、そこでの子供との向き合い方、
多孔化する中で心地よい家庭の作り方の考察を読む機会に今後恵まれれば嬉しい。
二次会の場で話していた時に、親が子供の話を聞かなくなることで
アダルトチルドレンのような子供が増えるんじゃないかという意見もあって、
なるほどなと思った。
親が自分に構わず携帯ばかり触っている姿を見て、インターネットが嫌いになる、
アンチネット世代が出てきてもおかしくない。
電車の中でも、子どもが話しかけているのに、
子どもの方を見ず携帯ばかり触っている親を見る事が多々ある。
インテリア雑誌の中の理想的住居の写真に、情報端末が一切出てこないという話は、
まさに現代のジレンマが表れていてとてもおもしろかった。
今後インテリア雑誌を見る時意識しておこう。
--------------------------------------------
そして読書会のこの日は、関西クラスタの方々に久々にお会いできてとても嬉しかった。
いつになく大規模なイベント(
たくさんの人を引っ張って、繋げてきた結果だと思う。
チャーリーの最後の挨拶、今がすべてではなく、時間をかけることが希望の種というのは、本当に素敵な言葉だった。
きっと関西クラスタも、ここに、そしてこれから先につなげる為に
たくさんの人が種の世話をしてきた結果なんだろうな。
様々な大学の社会学者の方々や、熱心に勉強されてる方の話を聞ける環境を
作ってもらえるのはとても勉強になってありがたいことだと思う。
そんな感謝もあり、学びの興奮もありの素敵な土曜日でした。
2013年7月4日木曜日
26歳になりました
先日26歳になりました。
大人になったんだなあとへんな感じです。
気張りすぎず、若すぎず、26歳はいい年な気がします。居心地がいい。
26歳の目標はいつもと違って結構具体的で、
東京にいきたいなあとぼんやり考えていたのを、明確に筋道立ててみようと思っています。
土台を作ってから東京に移り、夢を叶えたいと思っていました。
この3,4年、悩んだり、迷ったり、勉強したり、大学在学中にしなかったことをたくさんして、
まだまだ未熟なところがほとんどですが、少し身に付いたことや明確になったことがありました。
そろそろ土台作りだけでなく、移った後のことをより具体的に考えてみたいと思います。
25歳は今までより一人でいることや、一人で考える事が多かった気がします。
良いのか悪いのか、良い面もあったけど、悪い面もあった。
人と接する事で何かが生まれると実感しました。
一人でいると消費者になりがちだ。いつも生産者として思考したい。
そして26歳の誕生日から、新しいサイトを始めました。

TABETENというサイトです。
http://tabeten.phpapps.jp/
TABETENとは
関西弁の「食べてん」でもあり食べたものを展示する「食べ展」でもあります。
おいしいものがすきな私が食べたおいしいものを紹介するサイトです。
おいしいものがすきな私が食べたおいしいものを紹介するサイトです。
自分の好きな事、長く続けられるものを考えて、行き着いたサイトです。
私の理想的な人生のイメージには常に食事のシーンが思い浮かびます。
理想的な家族の姿、理想的な恋人同士の姿、理想的な働き方の姿には、
美味しく食べる風景が必須のようです。
食べるときの会話が一番好きなのかもしれません。
仕事も大好きだけど、家族をもったら食卓を囲める働き方をしたいと思ってます。
(かといって一人で食べても孤独感を感じさせないので、食べるってつくづく幸せな事だと思う)
そんなこんなで、「美味しい!」を共有したいと思って始めました。
時々更新するので、ぜひご覧頂ければ嬉しいです。
登録:
投稿 (Atom)






























